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●平成20年10月12日
●平成17年9月9日
●平成17年1月1日
平成16年5月10日

●平成16年2月28日
平成15年7月1日
平成15年4月25日
TAOのごあいさつ
                                平成20年10月12日

父親から生体腎移植を受け5年が経過し現在介護施設、自転車修理業、アクセサリーショップのほかに再び早朝からアルバイト「ヨシケイ」で働いています。
現在朝4時半起きて8時まで目の回る忙しさから開放されると9時から夕方まではゆったりしながら気を使う仕事へと。今までは介護の仕事がとってもきついと感じていたが、食材を決まった箱に入れる仕事がいかに大変か・・・なぜならハイスピードで間違いがあってはならないことが問題な為、集中力とすさまじい速さに目が回ってしまうこと。
介護では自分が得意とする体操や手工芸をメインとしているし、慣れも手伝い現在のところマイペースで働かせてもらっています。

今年の春、自転車修理のプロ試験「安全整備士」を受験したがそそっかしいTaoはうっかりミスで落ちてしまい来年の再度挑戦することになりました。
体の方は数値は高めではあるものの安定しています。塩分、タンパク質の制限、朝晩の決まった投薬、風邪、頭痛などの投薬、疲労、ストレスなど心配する点はあるが、誰にもが言える事なので常にマイペースを心掛けて。

今月から毎週、1回ほどピストに乗ってなんちゃって競輪選手をやっています。
立ちコギするとバランス崩し転びそうになるものの今ではダッシュなんかもしているんですよ♪。
自転車修理業は最近安定してきているのでこの辺でポンキチ2号へと考えているのです。

     以上近況報告はこの辺で  by Tao

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TAOのごあいさつ
                                平成17年9月9日

今年の1月5日から横浜市都筑区にある老人ホームで働き始めました。
知らないことばかりではじめは戸惑い叱られることもしばしばありましたが
以前の食材関連のアルバイトとは仕事の価値や重要性が全く違い、
とてもやりがいのある仕事です。
多少納得いかないところもありますがハート対ハートで
常に持ち前の笑顔で接するよう心掛けております。

老人ホームにはデーサービスとケアサービスがありますが、
Taoが勤めているホームはケアを中心に動いているようです。
若い職員さんを中心に目配り、気配りでみんなすごいひとばかりですが、
その中でもTaoが唯一尊敬する人がいます。
現在、ケアマネージャーを目指しているそうですが、目標を持ち、高いモチベーションで
常に笑顔で仕事をこなしているひとなんです。夢を目標とする者に風は吹く。

Taoが行う仕事は通所に通われている方をお迎えに行く安全性第一の仕事なんです。
心掛けているのは「新幹線のようにいつ発車したか、いつ停車したかわからないようにと」
慎重に運転しておりますが難しいです。皆さんがホームに来られる前、
真っ先に対面するため喜んで気持ちよく車に乗車して、
ホームに着いたらお茶を出してその人その人に合せて色々なお話をします。
途中わからないこともありますが、昔の話は図書館に匹敵するような心に残る
お話も聞くことができます。また、障害を持った方にはケアを中心に少しでも
回復への道につながる様に心掛けています。
私自身障害者として心の痛みは少しはわかっているつもりです。
でもこの世界、まだまだ課題が山積のようにも思えます。

 「我も人なり、彼も人なり」といつも人にしてもらいたいように人にできたらと思っています。

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TAOのごあいさつ
                                平成17年1月1日

明けましておめでとうございます。

昨年は講演講師としてデビューし、12月には千葉にて講演を行いました。
今年はボランティア精神を生かしたいと考えており、午前中は老人ホームで働き、
自分に無い新たな心を磨きたいと思っとります。
今年の抱負は夢を目標に自ら製作しているTaoオリジナル
ドリームキャッチャーをさらに磨き極め、
競輪選手時代の頃を上回るような高いモチベーションで進めていこうと考えております。
また、講師の方も未熟ではありますが、
多くの学習を重ね回数を増やして行きたいと思っております。
講演の際でも述べたことなのですが、
臓器移植やドナーカードの普及にもより強く働きかけて行きたいと考えております。

体調は移植1年半が経過しましたが、異常なく元気に生きております。
少々運動不足なのですが、軽いトレーニングも始めております。
透析時代では何を食べても美味しくなかったのですが、
現在は美味しくてたまりません。
制限しながら食べるのもつらいものです。
近い将来、「透析」という言葉がなくなる世の中になってほしいと願っているTaoです。
一人でも多くの人がドナーカードを携帯し、
やがて日本国民すべてが持てる世の中になれるように・・・

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TAOのごあいさつ
                                平成16年5月10日

生体腎移植を受けてまもなく1年が経とうとしています。
体調はすこぶる調子がよく朝晩に飲む薬も忘れず飲んでいます。
定期的に行く病院での検査も安定してきました。
しかし、入院中には退院目前にして色々な事に挑戦したり、
仕事でも新たに前向きな考えをもって心に秘めていたのだが、
実際は厳しいの現実でありまして、少々無理気味のところもあります。
まだ早いと言えばそうかもしれないが世間は厳しいのが現実とわかりました。
移植しても選手ではなく当面の間は透析を受けていた生活に近いものもあります。
しかし、この1年のあいだに講演講師として登録し、現在は本の出版をめざしています。
また現在食材梱包のヨシケイで早朝アルバイトをしながら
合間に弟子のコーチなどもしています。

自転車出張パンク修理の方では安定とまではいかないにも増えてきてます。
出かけたら手ぶらで帰らない精神はよりいっそう強いものが湧いている状態で
透析生活の頃には考えられないことです。
なにしろ一番うれしいことに腎臓をくれたおやじもピンピンしており
毎朝1時間の散歩が日課になっています。

常に選手時代の生活の上を目標にしているが、
今年は「収入安定」をめざしています。
競輪選手時代「競輪とストリップは前々勝負」とよく言っていたが
再びこの気持ち、またユーモア精神を忘れずに

全身全快でがんばります。


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TAOのごあいさつ
                                平成16年2月28日

平成15年5月14日に12時間に及ぶ腎臓移植を親子で受ける
親子間生体腎移植をおこないました。
術後の耐えがたい4日間を乗り越え術後1ヶ月で退院いました。
しばらくの間は自宅療養で感染症には特に気をつけていました。
出かけるときにはイソジンのうがい薬と朝晩飲む免疫抑制剤は
私が持つ一番高価なバックに入れて出掛けていました。
入院中、夫婦間生体腎移植を日本で一番初めに行った人に出会い
その人が口癖のように「薬は命の次に大切だから、
もっとも高価なバックに入れていれば無くしたり、忘れたりりすることなどないので
目立つ高価な薬専用のバックを退院したらまずは買え!」
と言っていたのでその通りカバンを手に入れました。
術後は拒絶反応もなく順調に過ごせています。数値は少々高めではありますが
もらった腎臓は70歳近い物なので大切にメンテナンスしています。

平成16年2月には術後2回目の腎生検を行いました。
腎生検とは腎臓の組織を調べる為にお腹から8cmくらいの針を刺します。
痛み止めの痛い注射を拒んで受けましたが痛みはありませんでした。
でも18時間のベット上安静はつらいものがありました。
一泊二日の入院で退院後当日発熱と頭痛であわや病院へ逆戻りするところでしたが
なんとか回復しました。つらいのは痛み止めの薬をけっして飲めないことです。

日常生活ですが、相変わらず収入面では極寒状態です。
現在、アクセサリーの店経営のほか、自転車パンク出張修理や販売、
レザーウエアー製作をしていますが安定した収入がないため厳しいのが現状です。
しかし、去年の暮れテレビに放映された「女子プロゴルファー中溝裕子選手の特番」に
熱いものがこみ上げ早速アプローチしてみました。
お互い重い病を抱えながらも目指すものは大きいのです。
この気持ちと波瀾な日々を歩んだ経験を生かしこのたび講演講師として
全国を回る意気込みでおります。
近日、
「講演依頼.com」に登録されます。

私が腎臓を壊し長い食事療法からやがて人工透析という身体障害者1級と認定され
夢のような競輪選手生活も引退しポケットに手を入れても赤茶けたコインしかない
生活に落ち、しばらくの間、悪夢のような気持ちを抱えていたこともありました。
大好きな愛車を手放しポンコツの軽自動車に乗り換え何度故障したことか・・
後ろを振り返ってはいけないっと言い聞かせるも周りの選手との付き合いもあり
いつもどうして・・どうして僕が・・って考えては
物にあたったことがあったか数え切れませんでした。
でも、私はよくこう考えます、「最悪と言える間は最悪ではない」
時間が過ぎてみると耐えがたい境地でも乗り切っているのです。
現在は過去の後ろ見を前へ進む点火剤として
全身全快で毎日笑う生活を心掛けています。

この経験は誰も味合えない貴重な体験でもあり財産でもあると考えています。
今後ともどうか酋長Taoを見守ってください。


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TAOのごあいさつ
                                平成15年7月1日

突然やみに突き落とされ身体障害者となり
先の見えない人工透析を続けること4年近く
夏は汗も出ず、熱射病状態でクーラーから離れることができず
冬は足腰が寒さと痛みで立っていることもできなかった
仕事も色々挑戦したもののうまくいかず
時間の拘束と体調不良で時が過ぎるのを待っている生活であった
その透析も限界が近づいてきた頃、父からのドナーの話があった
色々と考えた上、今年の5月14に手術を受けることになった
私の中を走る血液は医師も驚くほど汚れていたため
手術2週間前から入院、日中は血液透析で夜間は腹膜透析を受け
手術を受ける週は連日血液透析を受け
最大限に血液をきれいにして、手術に挑む

手術は12時間もかかっていた
麻酔がかかると同時に目がさめた感じであったが
麻酔がきれた4日間は耐えがたい痛みと苦しさであったが乗り切った
術後1週間後には大部屋へ移る
術後にあった体から出る13本ものチューブも
大部屋へ入る頃には4本となり、日に日に抜け回復していった
透析中にはなかった感覚がよみがえってきた
吸う空気、触る感覚、食感や目に見る感じ
すべてがクリアーで新鮮
出なかった汗もたくさん出るし、気持ちもつねにパラダイス状態
健康なひとなら当たり前だが、いかに透析状態が
体に負担がかかっていたか、良くわかる
私が手術を受けた病院「北里大学病院」はとても清潔で
医師やナースもとても親切だった
制限中の食事でもとってもおいしくしてあり
文句のつけようもない病院であった
また、私を手術してくださった吉田先生は
日本の名医とも言える先生で安心して受けられる
溝口先生や田岡先生もやさしくおすすめの病院である

今後 大回りした4年近い時間を取り戻しにいきたいと思っています
今、何でもできる
体からジワジワ湧いてくる闘志でスタートの時を待っている!




手術前の透析

お世話になった先生と看護師さんと一緒に

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TAOのごあいさつ
                                平成15年4月25日

このたび幸運にも実父から腎臓移植を受けることが決まりました
それにより しばらくの間、お店をお休みいたします

7、8年前より体の変調があり
4年前に腎不全・心不全・尿毒症と診断され即入院
長い入院生活後、私は身体障害者1級となり
これによって競輪選手を引退
体調不良に食事制限と透析による時間の拘束と
とてつもない長いトンネルに入り四苦八苦しながらも進み
やっと小さな明るい希望の光が見えてきました
これからを人生の再出発とし、上り調子でがんばり
本来のTAOに戻りに行ってきます

入院先は北里大学病院です
お店復帰は7月か8月を予定しています


          
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今後このページでTAOのがんばりをご報告できればと考えております

お店等にご用のある方は下記の方へご連絡ください
090-3142-1180

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